大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)3218号 判決 1976年8月30日

原告

日本パイロテクター株式会社

右代表者

木村逸郎

右訴訟代理人弁護士

堀内崇

外二名

被告

沖電気工業株式会社

右代表者

山本正明

被告

東北沖電気株式会社

右代表者

田丸直吉

被告

沖通信機販売株式会社

右代表者

島添博央

右被告ら三名訴訟代理人弁護士

吉井参也

外一名

右補佐人弁理士

角田仁之助

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<略>

第二  請求原因

一、原告は、訴外パイロテクター・インコーポレイテツドから、昭和四一年一二月二一日、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)について、(一)期間 昭和四一年一二月二一日から本件実用新案権の存続期間の終了まで、(二)内容 製造及び販売とする専用実施権(以下「本件専用実施権」という。)の設定を受け、その旨登録を経由した専用実施権者である。

考案の名称 粒子探知機

出願日 昭和三七年六月三〇日

(前特許出願日援用)

(実用新案登録願昭四〇―五三一九〇号)

公告日 昭和四一年一〇月七日

(実用新案出願公告昭四一―二〇七九八号)

登録番号 第八二三九四二号

<後略>

理由

一原告が本件専用実施権の専用実施権者であること、本件明細書の実用新案登録請求の範囲の項の記載が請求原因二の項のとおりであること及び被告東北沖が被告製品を製造販売し、被告沖通信機、同沖電気がこれを販売したことは当事者間に争いがない。

二右争いがない本件考案の実用新案登録請求の範囲の項の記載によれば、本件考案は次の構成要件に区分説明することができる。

(A)  内部に暗室を形成する周壁と上下の端蓋とから成る筐体と、前記周壁との間に開隙を存して周壁と同心的に配置された前記の上下の端蓋の鍔と、外部雰囲気を暗室に入れるため前記の間隙部分の周壁に設けた孔を有すること。

(B)  暗室を横切つて筐体の反対側の所定区域に収斂光束を投射する装置を有すること。

(C)  前記所定区域の周りに配置され大体筐体の前記反対側に向つて延びた遮蔽装置を有すること。

(D)  暗室を眺める探知装置を有すること。

(E)  この探知装置の視野を前記光束の反対側の筐体の壁の中央部分に制限する装置を有すること。

(F)  粒子探知機であること。

三前認定の本件考案の構成要件及び別紙目録記載の被告製品の構造に基づき、本件考案と被告製品とを対比する。

(一)  本件考案の光投射装置は、暗室を横切つて筐体の反対側の所定区域に収斂光束を投射する装置であるところ(構成要件(B))、被告製品の光投射装置(60)が右本件考案にいう収斂光束を投射する光投射装置に該当するか否かについて検討する。

成立について争いがない甲第一号証(本件公報)によれば、本件明細書には、本件考案にいう収斂光束の語について特に定義されておらず、特別の意味の語として使用されているとは認められないから、本件考案の収斂光束の語は、一応その有する普通の意味の語として使用されているものと解されるところ、<証拠>によれば、本件考案の実用新案登録出願当時(但し、先の特許出願日援用による昭和三七年六月三〇日当時)、収斂光束の語は、一般に一点に向つて集中する光束を意味する語として使用されていたことが認められるから、本件考案においても一点に向つて集中する光束を意味する語として使用されているものと一応解される。

この点について進んで本件明細書の記載について審案するに、前掲甲第一号証によれば、本件明細書の考案の詳細な説明の項には、従来の探知機の欠点について、「かかる装置の一つの欠点は多くの場合に使われる小さな粒子密度に応動しにくいことである。探知機に当る光の量は、光源の強さと流体媒体中に存在する粒子密度に関係する。そこで光源の明るさが増せば、小さな粒熱(「粒子」の植植と解される。)密度でも探知装置上に多くの光が放射されることによつて装置の感度が増す。しかし光束の強さの増加もまた筐体の内壁から探知要素に反射される迷光の量を増す。筐体の内表面全体を黒くするのが普通であるが、流体媒体が粒子を含まないときでさえ、可成りの量の迷光が探知機に当る。」(本件公報一頁左欄最終行目ないし右欄一〇行目)と記載され、次いでその解決課題として、「かかる装置の構造上、非常に重大な問題は外部の光が探知機に影響を及ぼさないようにすることである。室内に雰囲気を分散させるため孔を設けなければならないから如何によく孔を遮つても外部の光の強度が大きいとき若干の光が室の中に入る。従つて外部の雰囲気が室に自由に分散することを制限しないでしかも外部の強い光が探知機に作用して警報器を働かせることのないようにする装置を設けなくてはならない。警報器を作動する必要な光の全量のできるだけ大きなパーセントが流体媒体中に含まれる粒子からの分散によつて生ずるように、媒体中の迷光の量をできるだけ小さくすることが望ましい。」(一頁右欄二七行目ないし三九行目)と記載され、続いて本件考案の目的について、「本考案の目的は探知機に当る迷光の量をできるだけ少くするように構成された分散型の粒子探知機を得るにある。本考案の別の目的は粒子が流体媒体中に存在するとき探知機が光束の所定部分のみから放射を受けるように配置された前記の型の粒子探知機を得るにある。」(同一頁右欄四〇行目ないし二頁左欄三行目)と記載されていることが認められ、右記載によれば、従来の探知機では光源の明るさが増せば小さな粒子密度でも探知装置に多くの光が放射されて装置の感度が増すけれども、その反面筐体の内壁から探知装置に反射される迷光の量が増しその点で逆に探知装置に好ましくない影響を与えるものであつたから、本件考案では光源の明るさを増しても、迷光の量をできるだけ少なくし、探知装置が光束の所定部分のみから放射を受けるようにすることを目的として、光投射装置についていえば、暗室を横切つて筐体の反対側の所定区域に収斂光束を投射する構成(構成要件(B))を採用したものであることが認められ、右本件考案の目的からいつても収斂光束の語は前認定のこの語の有する普通の意味の語として使用されているものと解することができる。更に、前掲甲第一号証によれば、本件考案には、右目的を達成するために、構成要件(B)と関連して、暗室を横切つて収斂光束が投射される筐体の反対側の所定区域の周りに配置され大体筐体の前記反対側に向つて延びた遮蔽装置の構成(構成要件(C))が採用されているところ、考案の詳細な説明の項に光投射装置及び遮蔽装置について実施例に即し、「光源14からの光束を指向し、制限するために焦点管32は筐壁をその一側で貫き、光捕捉管34が焦点管32と一直線上の反対側の筐壁に配置される。収斂型のレンズ36が焦点管32中に置かれ、その焦点距離は源光(「光源」の誤植と解される。)14からの光が収斂光束となつて光捕捉管34の底に焦点を結ぶような長さであり、この光束は前記捕捉管の底で最小寸法をもち、光源からの光は筐体の内部表面のその他の部分に当らない。」(本件公報二頁左欄一八行目ないし二六行目)と記載されており、また実施の態様として、「他の部材の底に外部光源からの光の焦点を結ばせるための収斂レンズを有しているもの」(同三頁右欄一八行、一九行目)と記載されており、更に添付図面第三図にも光源14からの光束が光捕捉管34の底で最小寸法をもち、筐体の内部のその他の部分に当たらない状態に図示されており、反面本件明細書には構成要件(B)にいう収斂光束の中に光束が末広がりになつている光束(<証拠>によれば、普通には右光束を発散光束ということが認められる。)が含まれることを示唆するような記載は全くなく、以上の事実によれば、構成要件(B)にいう収斂光束とは遮蔽装置の底で最小寸法を持ち、筐体の内部表面のその他の部分に当たらないような光束、すなわち前認定の収斂光束の普通の意味である一点に向つて集中する光束をいうものと解される。

ところで、<証拠>によれば、被告製品の投射装置(60)から投射される光は、一点に向つて集中する光束ではなく、次第に拡がつて行く光束であることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、被告製品は、収斂光束を投射する装置を具備しないから、本件考案の構成要件(B)を充足しないものというべきである。

原告は、本件考案にいう収斂光束とは一定度以上に発散することを制限された光束の意味に理解されるべきであると主張する。しかしながら、前説明から本件考案にいう収斂光束が原告が主張するような光束を意味しないことは明らかである。原告の主張は理由がない。

(二)  次に、本件考案は、探知装置の視野を前記光束の反対側の筐体の中央部分に制限する装置を有するものであるところ(構成要件(E))、被告製品が本件考案の右要件を充足するものであるか否かについて検討する。

構成要件(E)にいう視野を筐体の中央部分に制限するということの意味について考えるに、前説明のとおり、本件明細書には、外部の雰囲気が室に自由に分散することを制限することなく、しかも外部の強い光が探知管に作用して警報器を働かせることのないようにすることが本件考案の解決課題であること(本件公報一頁右欄二七行目ないし三五行目参照)及び探知機に当たる迷光の量をできるだけ少なくするように構成することが本件考案の目的であること(同一頁右欄四〇行目ないし二頁左欄三行目、二頁右欄二八行目ないし三〇行目参照)が記載され、次いで探知管の視野を狭くすることが右目的達成のために有効であることが試験データを示して説明されており(同二頁右欄四〇行目ないし三頁左欄四〇行目、三頁の表を含む。)右記載によれば、本件考案の構成要件(E)は正に右目的達成のために採用された構成であつて、右目的からいつて、探知装置の視野を筐体の中央部分に制限したのは、探知装置が外部光が入り込んでくる孔を眺めないようにするためであり、孔を眺めることになるような親野は筐体の中央部分に制限した視野とはいえないことが明らかである。更に、前掲甲第一号証によれば、本件明細書には、実施例に即し、「探知管38は光捕捉管の焦点間の間で(「光捕捉管と焦点管の間で」の誤記と解される。)筐壁を貫き、それらの軸線に大体垂直に配置される。探知機要素16は探知管中に配置され、探知機の視野を制限するために収斂型のレンズ40が探知要素と室の間で探知管中に配置される。レンズ40は探知機要素の像が筐壁の反対表面上の小区域に焦点を結ぶような焦点距離を有し、探知機要素の焦点円錐が光束の焦点円錐を横切り、探知機要素は光束の中央部分だけを反対壁部分の探知管の視野は壁の中央部分に制限され、探知管は壁の上と下にある孔を眺めることがなく、レンズ40の焦点円錐中に現われる光を除いては光が探知機に到達しないようになつている。」(同二頁左欄二七行目ないし三九行目)と記載され、また実施の態様として、「光応答管の視野は反対側壁部分に向つて光束に大体垂直に向いており、前記管の前面に置かれたレンズは反対壁部分から距つた前記管の視野が前記壁の中央部分のみを眺め周辺孔を眺めず、外部光の強さの変化によつて受ける前記管の作用が減ぜられるような光学特性を有する……装置」(同三頁右欄二九行目ないし三五行目)、「光応答管及びこの管に関係したレンズ装置を有し、レンズ装置は前記管の視野を光束の中央部分によつて前記孔の中間にある反対壁面に向け、前記レンズは反対壁部分における前記管の視野が前記孔間の壁の幅に比して小さく、前記管が前記周孔を眺めず外部光の強さの変化の影響を減ずるような光学特性を有している……装置」(同三頁右欄三八行目ないし四五行目)と記載されており、反面探知装置の視野が周壁の孔を眺めるようなものでもよいことを示唆するような記載は全くなく、以上の事実によれば、本件考案にいう探知装置の視野を筐体の壁の中央部分に制限することは、少なくとも探知装置が筐体の壁に設けられた孔を眺めることのないような視野を意味しているものと解される。

ところで、被告製品では、別紙目録記載のとおり、受光装置(70)の視野は主カバー(10)側において煙道管(50)のほぼ端部に及び、基板(30)側においてその折返部(32)の端部に及ぶものであるところ、あえて対応させれば本件考案にいう孔に対応するものは被告製品では基板(30)の開口部(33)及び主カバー(10)側の煙道管(50)の端部であるから(原告もそのように主張している。)、前述のとおりの視野を有する被告製品の受光装置(70)が本件考案の探知装置のようにそれに外部光による迷光が当たらないようにしようとする目的を有しないことは明らかであり、従つてまた周壁の孔を眺めないように視野を制限するものでないことも明らかであり、かえつて<証拠>によれば、被告製品の基板(30)の開口部(33)が被告製品の受光装置(70)の視野に入つていることが認められる。

原告は、被告製品の受光装置(70)は孔から暗室に入つてくるおそれのある光を受けておらず、その視野は光束の反対側の壁の中央部分に制限されているし、また原告の調査によれば被告製品にはかなりの外光が入つており、従つて受光装置(70)が孔を直接眺めても差支えない構造のものであるとはいえないと主張する。しかしながら、<証拠>によれば、被告製品では外部光による迷光の量が極めて少ないことが認められ、その点では原告主張のとおり被告製品の受光誌置(70)は孔から入つてくる光を受けていないということができるが、それは被告製品では外部光が入つてこないからであるから、被告製品の受光装置(70)が外部光を受けていないからといつてその視野が筐体の壁の中央部分に制限されていることにはならないし、また原告主張の右調査事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつて被告製品の基板(30)の開口部(33)が受光装置(70)の視野に入つていることは前認定のとおりである。原告の主張は理由がない。

そうすると、被告製品は、本件考案の構成要件(E)を充足しないものというべきである。

(三)  右のとおり被告製品は、本件考案の構成要件(B)及び(E)を充足しないものであり、ひいて同構成要件が奏する作用効果も奏しないものであるから、その余の点について検討するまでもなく、本件考案の技術的範囲に属しないものというべきである。

四よつて、原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(高林克己 清永利亮 木原幹郎)

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